シューリヒト掲示板発言 600-551(2003年)
シューリヒトのイメージ・1 投稿者:楽古堂・大内史夫 投稿日: 6月 1日(日)09時52分52秒
田栗宏様へ。同感します。追悼文を読んだ感動を修理人様のHPに『シューリヒト入門』として書きました。併読頂ければ幸甚です。
なべ様へ。ムラヴィンスキーの伝記は出版されていたのですね。ご教示、感謝します。不勉強です。小生の最近のシューリヒトのイメージは、一言でいえば、「指揮者の中の指揮者」というものです。「王の中の王」というのと同じようなイメージです。評価ではありません。
classicalconducting 投稿者:mare 投稿日: 6月 1日(日)09時24分24秒
こんにちは。
claasicalconducting に当方が注文を出してから約1ヶ月になりましたので、
出荷予定を問い合わせたところ下記のような返事を即日頂きました。
ウェブに出ている30日はアメリカ国内の最短で、日本向けはもう少しかかるようです。
今後注文される方、注文を既にされてまだ届かない方の参考になりましたら、と思い
メールの抜粋を投稿させていただきます。
May 31, 2003 Thank you for your order
The minimum processing time on USA and Canada orders is 30 to 45 days.
Please add an extra 7 to 10 days for Europe and Japan... for shipping.
You might expect your order to be be processed during early June and
shipped during mid-June.
The package should be in your hands during the week of June 23 or even
a bit earlier.
Thank you very much for your order. Every CD order is custom produced
just for you .
シューリヒトの評価 投稿者:なべ 投稿日: 5月31日(土)17時07分05秒
KUROさんへ
ケンペは先日テスタメントから出たBOXを聴いて、私も真価の一端が分かり始めた指揮者です。単に生真面目とかそういうレベルの指揮者ではありませんね。これから深めていこうと思っています。以前、インダビューの中でバレンボイムが「現在は自分も含めて指揮者の人材が払底している。1960年代頃に『二流』扱いされていた人でも、今日の一流指揮者よりは上だ。例えばもしケンペがよみがえって明日コベントガーデンで指揮するという事になったら、自分は目の前の仕事をすべて放棄してでも聴きに行くだろう」と述べていました。今は、全くその通りだと実感しています。
さて、シューリヒトに関しては、現状では質の悪い音源も少なくないので、どう評価するかは難しい問題です。以前、フルトベングラーの場合でも、ルツェルンの第九(1954年)の評価が、ターラ(仏)によって放送局の原盤から初めてリマスターしたCDが発売された事で急変した事も踏まえると、リマスターされれば先日VIRTUOSOから出された演奏などもより一層の好演として世に迎えられる可能性が高いでしょう。フランス国立放送やシュツットガルト放送などにはBOXをいくらでも出せる数の音源が眠っているはずです。これらが、世に出るのは何時になるのでしょうか。
田栗さんへ
>演奏は人柄を如実に示す
という事は、言えない場合もあるように思います。例えば、ホロヴィッツの場合、あれほどの演奏をするピアニストであるにも関わらず、身近に接していた関係者は口をそろえて「日常的にはあれほど人間的につまらない音楽家はいなかった」と評しています。私はいつも不思議なのですが、もしかしたらこの事はBPOに客演にきた彼に対してフルトヴェングラーが「ホロヴィッツさん、あなたの演奏は少なくともドイツ人の好みではありませんね」と嫌みを言っている事とも関係するかもしれません(ホロヴィッツはこの事を終生根に持っていたそうです)。ただ、フルトヴェングラーはバックハウスに関して「非音楽的」(手記の中だったと思います)と評しているので、ばりばり弾くタイプのピアニストが嫌いだっただけかもしれませんが…
ケンペのブルックナー。 投稿者:KURO 投稿日: 5月31日(土)16時26分00秒
修理人さまへ。
ご指摘ありがとうございます。確かにそうでした。自分もCDを持っているのに気付かないとは。
なさけない限りです。
さて、先日「ムラヴィンスキーのブルックナー」ということで書き込みをしたところ、多くの反響をいただきましたが、2~3日前の朝日新聞にも最近のクラシックCDにおけるムラヴィンスキー人気の特集記事が出ておりました。やはりその孤高の人柄が演奏にも滲み出ているがゆえに現代人を魅了するのでしょうか。
ところで、今回発売された「20世紀の大指揮者たち」のシリーズの中にルドルフ・ケンペもリリースされていますが、その中にミュンヘン・フィルとの「ロマンチック」があります。これがなかなか良いので吃驚しました。(ケンペが燃えに燃えております。)
指揮者というのは、大きく「カリスマ」と「職人気質(言葉は悪いですが)」の二つのタイプに分けることができるのではないかと思っているのですが(ムラヴィンスキーやフルトヴェングラーはまさにカリスマ的と言えるでしょうね)、ケンペは後者の「職人気質」的タイプと言えるのではないでしょうか。
とにかくどんな材料でも上手に捌いてしまう、そんな指揮者であると感じています。だからこそ今ひとつ演奏に個性的な面が感じられなかったので、以前はさほど自分自身の中では評価が高くはなかったのですが。でも今回の演奏を聴くことで、ケンペに対する価値観は一変しました。
ところで、シューリヒトは皆さんにとってどのようなタイプの指揮者なのでしょうか。ちょっと興味があります。
女流ピアニスト 投稿者:修理人 投稿日: 5月31日(土)15時42分08秒
KUROさん
こんにちは。
PCが直ってよかったですね。
>ハスキル以外の女流ピアニストとシューリヒトが競演した録音は
>本当にないのでしょうか?あればぜひ聴いてみたい・・・
Tatjana Nikolajewa・VPOとのモーツァルトピアノ協奏曲第22番(26/1/56)は、VIRTUOSOからも出ましたよ(94008)。
演奏は人柄を如実に示す 投稿者:田栗宏 投稿日: 5月30日(金)20時15分14秒
カール・シューリヒトの写真に残された肖像を見ると、演奏中は眼光が厳しくまさに獲物を狙う鷲のようですが、それ以外は口元に微笑を湛え、堀の深い顔のなかに優しい眼差しが光る。また、襟元には恐らくトレードマークだったのでしょう、いつも水玉模様の蝶ネクタイを締め、ダンディな趣味が窺い知れます。まったく、この姿からこの老巨匠の素朴で善良な人柄がにじみ出ています。
そして、演奏も彼の容貌のように素朴で厳しく、しかしその奥には情熱がかくされ、優しさと善意に満ちている。彼の演奏と姿形から、きっとすばらしい人格の持ち主だったんだろうと想像していたところ、楽古堂・大内史夫さんも紹介しているシューリヒト追悼文集を読み、シューリヒトについて全く私が想像していたとおりの人物像が描かれており、思わず目頭が熱くなりました。
ブルーノ・ワルターといい、カール・シューリヒトといい、演奏する人の人格そのものを表す音楽はなんと正直な芸術なんでしょう!
女流ピアニストについて。 投稿者:KURO 投稿日: 5月29日(木)22時33分15秒
皆さん、こんにちは。
久し振りに書き込みしております。実は、パソコンが故障しておりまして。
その間に内容の濃い話が色々掲載されていて、とても興味深く読ませていただきました。
本当にクラシックの世界は奥が深いと改めて感じ入った次第です。
ところで、エリー・ナイの話が出ておりましたが、私も購入しました。まだ一部しか聴いておりませんが、ベートーヴェンのP協第4番はとても良いですね。同曲ではハスキル/クリュイタンス盤も好きなのですが、これでまた一つお気に入りが増えそうです。
ところで、女流ピアニストと言えばリリー・クラウスのモーツァルト・ソナタ全集が最近SONYから発売されてます。この曲を初めて耳にしたのがクラウスのレコードだっただけに懐かしい想いがあります。彼女の弾き振りはけっして華麗ではないけれど、とてもチャーミング。だからこそモーツァルトには適しているのかもしれませんね。(ハスキル以外の女流ピアニストとシューリヒトが競演した録音は本当にないのでしょうか?あればぜひ聴いてみたい・・・)
Re: はじめまして。 投稿者:toshiharu 投稿日: 5月29日(木)15時09分17秒
田栗宏さん、いらっしゃい。
「ライン」はいいですね。シューマンの交響曲はシューリヒトのしか聴いたことがないのですが、なかなかいい演奏だと思います。
いろいろな話題が出ております。十分お楽しみください。
-- CMN v0.23bβ --
toshiharu
ご返信 投稿者:なべ 投稿日: 5月29日(木)09時25分02秒
ムラヴィンスキーに関する日本語の本というと、ヴィターリー・フォミーン著 ; 小谷信子・大場岳男訳『評伝エヴゲニー・ムラヴィンスキー』音楽之友社(1998年)が定番でしょうか。あとはムラヴィンスキー協会からディスコグラフィーなどが出てますね。ここには例のテミルカーノフが共産党と結んでムラヴィンスキーを追い落とそうとした事などが記されています。フルトベングラーとカラヤンの関係に似ていて面白いですね。
シューリヒトの発言に関して、内輪ではかなり直截にものを言っていたのではないかというご想像には、私も賛成です。修理人様のHPにある
>「パリで耳新しいことでもあるかネ?」 彼がたずねた。
>「バックハウスが、ついこの間演奏会を、、。」
>「ああ、あの小さなバックハウス君ネ、彼は元気にやっているのかネ?」
というやりとりは、その一端でしょうか。
こうした自信に満ちた発言も、チェリビダッケに
「あの頃、まともな音楽を聴こうという人は、皆シューリヒトの演奏会に行ったものだ」
と言わせるほどに、確固たる地位を築いていたという背景があるのでしょう。ただし、内心は、アルヘンタなどの次世代指揮者が長生しなかった事により、老人がいつまでも必要とされる状況が続いていた事に無念な気持ちもあったのではないでしょうか。本来19世紀生まれの指揮者たちを次ぐべき世代の指揮者は、コンセルトヘボウのベイヌムや、ウィーンのミトロプーロスなどの様に志半ばで死んでしまう人が多く、それでなくても戦争や虐殺で受けた大きな被害により、1950~60年代の音楽界は人材的にかなり厳しい状況だった様に思います。
ご返信2件。 投稿者:楽古堂・大内史夫 投稿日: 5月29日(木)08時57分25秒
なべ様へ。ムラヴィンスキーが、社会主義国家ソ連に生きて、いかなる苦難に耐えたか。一冊の大部の伝記になるような問題だと思います。彼の生涯についての書物はあるのでしょうか?
田栗宏様へ。修理人様の情報満載のHPには、シューリヒトの追悼の際に書かれた多くの方々の賛辞があります。感動させられます。仲間内の私的な場所では、シューリヒト老人はユーモアの衣をかぶせてですが、相当に辛辣な意見も言っていたような気がしています。しかし、それらと公的な発言は、峻別されていたのではないかと思っています。
同業者を唸らせるシューリヒト 投稿者:田栗宏 投稿日: 5月28日(水)16時28分43秒
最近の演奏家はあまり同業者をけなす人はいませんね。恐らく、チェリビダッケが同業者をけなしまくった最後の巨匠だと思われます。(チェリビダッケがクナッパーツブッシュのことをあまりにもボロクソに言ったので、それに対してベームが反論することもありました。)
しかし昔は、例えば親しい間柄であったトスカニーニとワルター(!)が互いに相手の批判をしていたり、クレンペラーがフルトヴェングラーやワルターの演奏に疑問符をつけるなど、公然と同業者を批判していました。しかしながら、例えばトスカニーニはフルトヴェングラーを批判しておきながら、NYフィルの指揮者を辞めるときフルトヴェングラーを後任に指名していたように、演奏のスタイルや解釈は認めなくても「指揮者としての力量」はお互い認めあっていたようです。
そんな中にあって、シューリヒトは多くの偉大な同業者が認める存在であったのは驚きです。フルトヴェングラーはシューリヒトの指揮するベートーヴェンの五番を聞いて大いに感銘を受けたと語っていますし、並み居る同業者をけなしまくったクレンペラーでさえ、「まともな音楽を聴きたければシューリヒトを聞け」と言っているほどです。また、トスカニーニもシューリヒトは別格と絶賛したとか、しないとか・・・
他にも、若き日の小澤征爾がシューリヒトの実演を聞き、やっと舞台に上がってきた老人が演奏をはじめたとたん別人のように変わったことに驚嘆したり、岩城宏之はシューリヒトのリハーサルを聞きながら「神だ、神だ・・・」と呟いていたなど、枚挙に暇がありません。
宇野功芳氏が「シューリヒトほど通好みの指揮者もめずらしい」と書いているほどシューリヒトは生前から地味な存在だったようですが、やはり指揮者の実力は人気や知名度とは関係ないですね。
RE:完璧性と人間性・3 投稿者:なべ 投稿日: 5月28日(水)11時08分02秒
大内様・信一様へ
シューリヒトの「作品の利益のために奉仕することは、そこから利益を得ようとすることよりも優れた行為である」という発言は、ろくな楽曲分析もしないまま、これ見よがしにあおり立てる演奏をする音楽家に聞かせてあげたい言葉です。現役の指揮者ではジャン・フルネなどはこのシューリヒトの言葉を体現している様に思われます(フルネはシューリヒトに自分のベートヴェン演奏がほめられた事を今でも誇りに思っているそうです)。
ムラヴィンスキーは「人間が生きる上で、音楽はどうしても必要なものではない。しかし、音楽がない事は不幸なことだ」と言っていたそうです。ですから、音楽と人生というものの結びつきの必要性を感じていた事は間違いないと思います。とはいえ、聴衆とのコミュニケーションを楽しもうとする姿勢は、シューリヒトよりもかなり弱かったという印象もあります。演奏会の度毎にかなり表現に変化が見える(本質的には変わらないまでも)シューリヒトの表現に対し、日本で演奏してもモスクワで演奏してもウィーンで演奏しても本拠地での演奏とほとんど違いが生じなかったムラヴィンスキーのあり方はかなり異なるように思います。
しかし、両者の生き方の違いをもっとも決定的にしているのは、おそらく彼らが生きた社会の性格の違いでしょう。シューリヒトが1930年代から亡命まで味わった苦痛を、ムラヴィンスキーは一生受け続けていたわけですから。これでは、言い方が悪いですが、ある種の「かたくなさ」が表出せざるを得ないでしょうね。
こうした点と関連して、フルトヴェングラーの場合によく言われるような、時期による演奏スタイルの違いというものが、シューリヒトにも出ているのかという点には興味を持っています。今後考えてみたいと思います。ただし、シューリヒトに関しては、フルトヴェングラーとくらべて戦時中の良質な音源が少ないのみならず、戦後に関しても充分な音源が公開されていないというネックがあります。戦時中のマグネットフォンによる録音がないとも思えないのですが…。「シューリヒト亡命直前のライブ録音」なんて、聴いてみたいですよね。戦前の録音に関しても、そもそも残されている数自体がそれほど多くないですが、「オーパス蔵」などから発売されれば、再評価の機運も高まるかもしれませんね。
完璧性と人間性・3 投稿者:楽古堂・大内史夫 投稿日: 5月28日(水)10時26分02秒
田栗宏様へ。はじめまして。楽古堂と申します。その二曲では、シューリヒトの魅力に取り憑かれますね。信一様へ。なべ様へ。ドビュッシーの『海』のCDに「作品の利益のために奉仕することは、そこから利益を得ようとすることよりも優れた行為である。」というシューリヒトの言葉が引用されています。彼は生活を楽しみつつ、音楽に対しては無私の姿勢で向かいました。名声も権力も求めなかった高潔な生き方は、生涯が証明します。ムラヴィンスキーの音楽と生活に対するスタンスは似ているようでありながら、より禁欲的であったように思われます。
はじめまして。 投稿者:田栗宏 投稿日: 5月27日(火)21時23分15秒
はじめまして。大分在住の田栗という者です。
カール・シューリヒト!私にとってワルター、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュ、朝比奈隆と並んで最も好きな(尊敬する)指揮者です。
今回こうして愛するシューリヒトについて語ることができるページを見つけられて実にしあわせです。
初めてシューリヒトの演奏を聞いたのは今からおよそ10年前、デッカのブラームス交響曲第二番でした。これこそ、長い間自分が求めつづけていた理想のブラニだと思い、泣きました。また、同時に購入したシューマンの「ライン」(デッカ)。第三楽章に入った時、「ああ、聴かなければよかった」と思いました。表面はさらっと流しているようで、耳をそばだてるとそこにいっぱいの気持ちがこもっている。このような名演は演奏会で一度だけ聴いて後はその思い出だけを一生の宝として持ちつづけるのがいいのではないか?そのように思いました。この二曲だけでシューリヒトの名は私にとって絶対のものとなりました。
このようなことを書いていながら、今私の部屋に鳴り響いているのはまさにその「ライン」なんです・・・
完璧性と人間性・3 投稿者:楽古堂・大内史夫 投稿日: 5月26日(月)17時18分46秒
たとえば、シューリヒトとNDRの1961年度のブルックナー交響曲第8番。(VIRTUOSO 94001)。終楽章のコーダの開始を告知するシューリヒトの和音。天の光りそのものの地上への降臨のような長調の、まばゆいまでの爆発。本当に「完璧性」を求めた演奏行為をしようと覚悟していたのは、ムラヴィンスキーだったのか?「人間性」は、シューリヒトの側にあるのか?演奏行為を極限まで追求したのは、どちらなのか?謎です。
完璧性と人間性・2 投稿者:楽古堂・大内史夫 投稿日: 5月26日(月)17時09分24秒
信一様へ。ムラヴィンスキーの「ひとつの絶対的な理想」を求める演奏行為に、シューリヒトのオーケストラの独自性に対応した「複数の相対的な理想」を対比する時、そこに展望される音楽の世界の広大な地平線。二人の東西の天才指揮者にとって、演奏とはついに何だったのか?それを聴くという事の、何とも言葉にならない不思議さ。ベルリン国立盤がないのですが、残りを比較してみたいと思っています。
シューリヒト ムラヴィンスキー 投稿者:信一 投稿日: 5月25日(日)01時22分33秒
大内さん、なべさん
ムラヴィンスキーとの比較、面白い話題ですね。際立った存在と比較することで、さらにシューリヒトが見えてきます。
ところでVIRTUOSOを買うことで初めてSDRとのベートーベンの第1を聴くことができました。これで5種類の同曲異演を聞くことができるようになったのですが、その威厳さえ備えた恰幅のよい演奏に感動すると同時に、特別な衝撃を受けました。
これまでの4種類の特徴を要約すると次のように言えると思います。
弦の誠実な表現と素朴な管で戦争中の録音であるのが不思議なくらいのどかなベルリン市立盤、オケと指揮者の間の緊張関係が独特の格調を生み出すWIEN盤、永遠に新鮮なパリ音楽院盤、余分なものが抜けて最晩年のオーラが漂うフランス国立放送盤。
この4種類は7年から10年の間をおいて録音され、60台から最晩年にいたるシューリヒトの演奏の変遷過程を知るには、格好の記録でした。
僕はこれらの録音から、”シューリヒトは(最晩年のフランス国立放送を別格とすれば)年を経るにしたがってテンポが速くなっていき、表現が先鋭化していった”と理解していました。
ところが、今回のSDRを聞いてそれは誤りではないかと…。
この演奏は61年、つまり、パリ音楽院とフランス国立放送の間に位置しながら、コンセプトは完全にベルリン市立盤と直結しているのです。あのホンのちょっと作曲者に遠慮していた表現を大胆にし、各声部を際立たせ深みを増せば、今回のSDR盤になります。ここにはあの粋で色彩的なパリ音楽院盤と通ずるものがありません。
フランスとドイツのオケの音色の違いと片付けるには”解釈のコンセプト”が違いすぎます。シューリヒトほどの指揮者がオケの習慣に引きずられるわけもないし、これは、”オケの特色によって演奏のコンセプトをいくつも用意していた”と考えるのが自然だと思います。
ひとつの解釈を磨き上げるのさえ普通の指揮者にとって大変なことであるのに、完成度の高い解釈をいくつも持っていたというのは本当に驚きです。”試行の芸術”に立脚するシューリヒトのみが持つ多様性でしょう。(これで、”田園”の”謎”(演奏日の近いSDRとパリのあれほどまでに違う理由)も解けたと思っています。
その点、ムラヴィンスキーの場合、彼のベートーベンの第4を計らずも3種類持っていますが、こういうことが起こらない(すばらしい演奏で僕にとってBESTの表現ですが)、オケが同じという事情もありますが、彼の解釈の方向を考えるとオケが変わってもコンセプトは同じであろうと容易に想像できます。要するに彼はひとつの絶対的な理想がすでにあり、演奏行為とはそれを音化するために努力することなのです。
こうなってくると、聞き手にとっては情報量の多さが決め手になります。宇野功芳氏がチャイコフスキーの交響曲で”音の良いグラモフォンがあれば十分だ”といっていますが卓見だと思います。
シューリヒトの第1の5種類はこれからもそれぞれ興味に応じて聴くことでしょう。しかし、ムラヴィンスキーはALTUSの日本公演以外は僕にとっては必要のないものとなりました。
”人生の違い”と前に書きましたが、具体的にはこの辺が二人の芸術家の違いではないでしょうか?
追記 SDR盤は評論家的に聞けばBESTだと思います。ヘンスラーが正規音源からCD化すれば僕にとってもパリを抜いてBESTになるでしょう。
RE THE CONDON COLLECTION 投稿者:信一 投稿日: 5月24日(土)16時31分16秒
なべさん 重ね重ねありがとうございます。
そうですね、国内盤という手がありました。早速ホームページでいくつか試聴しました。コルトーはできませんでしたが、ドビュッシーの自作自演のさわりなど聞けてなかなか楽しかった。ただ、今回はパスですね、あまりにヤマハの音です。NIMBUSはスタインウェイ、コルトーにどちらが似合うかというと難しいが、>さらっとして しまうことは予想できます。当分”100年の恋”にしておきます。
THE CONDON COLLECTION 投稿者:なべ 投稿日: 5月24日(土)15時07分56秒
ご質問の音質ですが、悪くはないが、想像よりもさらっとしているかなあという印象です。
現状に関しても調べてみましたが、国内版として発売されているようです。
http://www.jvcmusic.co.jp/classic/catalogue/compilation/condon/disco.html
などで一部試聴もできます。ご自分でお確かめください。
HPには、コレクションの性格に関して、以下の様な説明がありました。
オーストラリアの音楽学者デニス・コンドンが8000曲以上にも及ぶライブラリーの中から40年の歳月をかけて集大成した、今世紀初頭から1930年代に至るピアノ演奏史の宝庫で、コンドン氏自身が2年をかけて新たに設計、組み立てたエオリアン社製デュオ・アートのリプロデューシング・ピアノ(80本の指と2本の足を持つ、「フォルゼッツァー」とよばれる機械式自動再生ピアノ)を、ヤマハのグランドピアノC7の前に設置し、演奏を再現。当時の演奏者のぺダリング、テンポなどを忠実に再現した、音楽史においても大変価値のある21世紀に残すべき偉大な遺産。
Re コルトーほか 投稿者:信一 投稿日: 5月24日(土)11時38分26秒
なべさん こんにちは 情報ありがとうございます。
>THE CONDON COLLECTIONというシリーズ
そうですか、このシリーズの存在は知っていましたが、そこで30番が出ていたとは!
ただ、ちょっと心配もあります。自動ピアノの場合、機械吹込みでピアノを聞くのと同じぐらい、あるいはそれ以上にこちらの”想像力”が要求されると思うのです。針音のかなたのかすかな音から香りを探すより、ステレオの万全の音の中の”機械臭さ”を超えて演奏の真意を想像するのはあまり気持ちのよい行為ではありません。かなり昔から自動ピアノの復刻はあり、演奏者の名前とレパートリーにつられて思い出したように試すのですが、正直言って失望の連続でした。
ところが、NIMBUSのシリーズのサンプル盤の中のパデレフスキーのカプリースを聞いたとき本当にびっくりしました。SPの復刻で補っていた彼の”黄金の輝き”が現実に鳴っている!!
遅いテンポのものではそれなりの”想像力”を要求されますが、NIMBUSの復刻のレベルは僕の予想をはるかに上回るものでした。
そこで、なべさんに教えていただきたいのですが、BELLAPHONの復刻のレベルはどうでしょうか? もし、そのコルトーの30番がなべさんの気に入らなかったら、おそらく復刻のせいでしょう。それなら、僕はNIMBUSを待ちましょう。
自分中心の質問でまことに申し訳ないのですが、何せ、コルトーの30番については切ない日々が続いているので.…
>NIMBUSの自動ピアノのシリーズでコルトー!!の30番が出ていて
私はBELLAPHONという会社のTHE CONDON COLLECTIONというシリーズで出てたのを持っています。発売は1992年だそうですが、数年前に渋谷のタワーで買った記憶があります。ちなみに商品番号は690-07-003です。
>ムラヴィンスキーとシューリヒト…交響曲第39番
シューリヒトの39番なんて想像するだけで嬉しくなりますね。
録音もどこかに残っているのでしょうが…
kagaさん
>あれこれ、聴いてみているのですが
ナイの12枚ぐみのことではなくて、後期3大ソナタのことだったんですね。余計なお世話しちゃったな、教えてもらうのは僕のほうでした。
>そういう出会いがなかなか、ありませんが
30番については、一生の不覚と悔やんでいることがあります。それはNIMBUSの自動ピアノのシリーズでコルトー!!の30番が出ていて買いそびれたことです。ホームページでさわりを聴いて感心しながら、CD店で探す手間が面倒でいつかと思っているうちNIMBUSは倒産、入手不能になってしまいました。切ないほど彼の第3楽章が聞きたい!! ブリリアントで出ないかなぁ…
>シューリヒトとの競演
最近気がついてきたのですが、女流との競演のときシューリヒトのテンションはあがるのでは?と…。それも、どうも美人度に比例しているようで…。シュヴァルツコップの伴奏、前奏からものすごいエスプレッシーボで、そこここに彼のうなリ声が聞こえます。あの曲であそこまで気合を込めた人は”空前絶後”でしょう。ハスキルとの競演にしても(まだヘンスラー買ってない!)”過ぎる”部分があり、ゼーマンとの演奏と比較すると別人のようです。
ナイとの競演は戦前はともかく戦後はないでしょう。彼女は有名な”ナチ”でしたから…
それに”男顔”なので..いや、それは関係ないな、”過ぎる”のは面白いけどそれはすべてではないから。
なべ様へ。ムラヴィンスキーとシューリヒトの比較の説、面白く拝見しました。ブルックナー交響曲第9番は、作曲家の残した楽譜への、二人の天才たちの「極めて高度な模範解答」でしょう。このぐらいの達成になると、点数に差を付けるのは、ほとんど不可能。二人の相違は、モーツァルトを聞くときに、より鮮明になるように思います。たとえば交響曲第39番。冷帯と西岸海洋性気候ぐらいの温度差。たしかに、指揮者の生き方の反映なのかもしれません。
信一さん
> この組み合わせばかり何枚も買って聞いていた時期がありました。
やはりそういう方がいらっしゃるんですね。私が最近、ピアノ曲に関しては
これに近い状態に陥っています。
> いやーうれしいな。もし神様が”おまえに一曲だけ
> 弾けるようにしてやる”と言ってくれたら、
> 僕は、30番を迷わず選びます。
いいなぁ、弾いてみたいですね!
あの終楽章を、思いを込めながらじっくりと弾いてみたいです。
> グールドの後期3大ソナタを聞いてみてください。
私も、後期ソナタをあれこれめぐっている間に、この演奏にも
であいました。仰る通り、ナイ以上に個性的ですけど
グールド以外では引き出し得なかった曲の姿が凄く魅力的ですね。
> 譜面どおりに弾くだけでは、真価が伝わらないと思います。
なるほど。確かに、テンポ一つとっても、いろんなアプローチの
余地がある、中期のガチガチの構成感にはない自由さを感じますね。
> イボンヌ・ルフェビュール、晩年32番のレッスンをする
> ビデオを持っていますが実にいい。CDが出ているようなので
> 手に入れてみたいと思っているのですが、、、
私はこのCDの方は持っているのですが、映像があるんですね。
是非見てみたいです。もちろんこのルフェビュールも大好きな演奏で、
数年前、上のナイとCDがリリースされたのがほぼ同時期で、一度に
2つもこのソナタ集の名演に接して、幸せでした。それ以降
そういう出会いがなかなか、ありませんが..........
kagaさん
こんばんは
>ナイの後期三大ソナタ集は
LP時代僕にとってピアノ曲はベートーベンの30.31.32がすべてでした。ほかの曲には目もくれず、この組み合わせばかり何枚も買って聞いていた時期がありました。その中で、コロンビアの1000円盤で手に入れたナイの31.32は特別な思い入れがあります。そのきわめて特殊な解釈と形容しがたい高音、あの鳴りの悪い32の第1楽章がこうあらねばならぬとばかり響いているのを聴いて耳の聞こえなかったベートーベンの心の中で鳴っていたのはこの音なのでは感動しました。
>(特に30番!)
いやーうれしいな。もし神様が”おまえに一曲だけ弾けるようにしてやる”と言ってくれたら、僕は、30番を迷わず選びます。
余計なお世話かもしれませんが、もし聴いたことがなかったら、ぜひ、グールドの後期3大ソナタを聞いてみてください。僕の持っている30種類はくだらないこの組み合わせのCDの中でナイと並んで曲のすばらしさを堪能させてくれる一品です。この3曲は”耳の聞こえなかった作曲家”の”心の中の音楽”でしょう。譜面どおりに弾くだけでは、真価が伝わらないと思います。”霊感”が”楽譜の権威”を飛び越えて、”本質”を見せてくれる最高の瞬間に出会うことができます。
それから、フランスの女流でイボンヌ・ルフェビュール、晩年32番のレッスンをするビデオを持っていますが実にいい。CDが出ているようなので手に入れてみたいと思っているのですが、、、
orooroさん
こんばんは。
>先週、井の頭線永福町駅のアンドー楽器(CDショップ)に立ち寄ったところ、
>ブルックナー9番バイエルン放送交響楽団オルフェオ輸入盤と「エロイカ」
>ザルツブルクライブ同輸入盤新品1枚780円でゲットしまして。
>店主によるとメーカーの在庫処分のため格安で引き取ったそうです。
>中古でも1000円以上ですので。探していたものですから。
>まだ枚数ありましたのでほしい方は、お店に確認の上どうぞ。
これは安いですね。
しかし、そうなると国内盤(キングインターナショナル)に私が書かせていただいたCD解説文は、ますます人の目に触れなくなりますね(^_^; 素直に喜べない、、。
先週、井の頭線永福町駅のアンドー楽器(CDショップ)に立ち寄ったところ、ブルックナー9番バイエルン放送交響楽団オルフェオ輸入盤と「エロイカ」ザルツブルクライブ同輸入盤新品1枚780円でゲットしまして。店主によるとメーカーの在庫処分のため格安で引き取ったそうです。中古でも1000円以上ですので。探していたものですから。まだ枚数ありましたのでほしい方は、お店に確認の上どうぞ。
ムラヴィンスキーの場合は、天才に極めて高度な模範解答をバーンと提示された感じで、
そういう意味での感激や驚きはあるのですが、人間として普通に生きていくためには
もうすこし何かゆとりというか余裕というかそういったものが多分に求められる気がします。
以前、ザンデルリンクが「ムラビンスキーの完璧性という長所は、弱点と表裏一体である」
と発言していたのはそういう事かなあと思います。
それに対して、シューリヒトは楽曲の分析以前に「人間性」という要素をかなり重視して
演奏していた感じがします。
これが両者の大きな違いではないかと思いますが、いかがでしょうか?
なべ様、KURO様、信一様へ。小生の所持するのは、「THE MRAVINSKKY LEGACY」OLYMPIA OCD5002。6枚組のCD。一枚目のブルックナー第9番が名演。1980年度のステレオ録音。メロディアによるUSSR国内録音。エンジニアはSemyon Shugal。黙示録的な曲想と、この指揮者の峻厳な個性がマッチしています。第1、2楽章の弦の強靱なアタック。第3楽章のパイプオルガンのように鳴り響く全管弦楽団。楽団奏者の恐るべき力量。恐るべき指揮者の統率力。シューリヒトのように何回も聞きたいという演奏ではありませんが、持っていて損はありません。
Disco Archiviaについて 投稿者:ケロヤン 投稿日: 5月20日(火)19時52分16秒
昨日、CD-Rが送られてきました。予想通りかなりアバウトな作りでした。
「ヘンゼルとグレーテル」&「ミサ・ソレムニス」をオーダーしたのですが、
いずれも音質はまずまず聴けます。但し、CD-Rをコピーするマスターテープ
がもともとそうなのか、CDは正常にトレースしているにもかかわらず、
何箇所かに、音トビが発生します。「ヘン・グレ」など、序曲やオーケストラ間奏部は
飛びまくり状態です。楽しみにしていたゼルキンとのコンチェルトも、無残な位に、
音楽はスキップしていきます。「ミサ・ソレ」も冒頭部がいきなりカット。
でもこの「ミサ・ソレ」など、演奏はかなりよさそうです。ウィーンのオケの魅力と
相まっておそらくかなりの名演奏だと思いました。
願わくば、オルフェオあたりから、正規盤がでることを切望したいと思います。
これまでにも、CD-Rのコピー盤は購入したことがあるのですが、少なくとも
こんなにひどいのは初めてです。すでに予約された方が何人かいらっしゃるので、
こんなことを書くと気を悪くされる方がいらっしゃるかもしれませんが、今後の方の
ためにあえて書き込みをしました。おゆるし下さい。
こんにちは。3月頃に投稿して依頼、ROMばっかりでしたが、
> エリー・ナイの12枚......
> すべて70代後半から死の数ヶ月前の最晩年の録音ですが、
> 実に凄い!!
ナイの話題が出てきて凄く嬉しくなったので顔を出してみました。
ベートーヴェンの後期ソナタ(特に30番!)が好きで、折に触れて
あれこれ、聴いてみているのですが、ナイの後期三大ソナタ集は
なかでも、特別に感動した1枚でした。特に32番の、冒頭の打撃から
> 個性的な解釈を一点の疑いもなく弾ききっている
と仰る通りの確信に満ちた音楽、この曲の演奏がこれだけ
心にしみ入ってくるような演奏はあまり無いと思います。
大好きなピアニストですが、シューリヒトとの競演、無いんでしょうね。
なべさん
こんにちは
>新宿の紀伊国屋の小劇場に見に行った憶えがあります。
結構有名なんですね。日本でも上演されていたとは!!
ぼくは、クルトリースという人の書いた”音楽と政治”だったかな?を何回も読んだ時期があり、そこに描かれていたナチとの葛藤に深い興味を覚えたものです。DVD化したなら見てみたいものです。(ちなみにリースにはドイツ宣伝大臣だったゲッペルスのすぐれた伝記があり、ナチの音楽の捉え方を知るには格好の資料でした)
修理人さん
>ご病気は全快しましたか?
どうも、一度直って再発したりして、参りましたが、何とか直ったようです。新型肺炎、北朝鮮問題、デフレ、竹の花、とんでもない年ですね。生きていくのをさほど難しくないように考えていましたが、このごろ不安になってきました。
CDの発売状況を考えると今年は”シューリヒト元年”とでも言いたい年ですが、喜んでばかりもいられませんね。
ところで熱にうなされているときに注文していたエリー・ナイの12枚ぐみが届き、ここしばらくそれを聞いています。ナイはシューリヒトより2歳年下、亡くなったのはほぼ一年後と、まったくの同世代と言っていいドイツのピアニストです。すべて70代後半から死の数ヶ月前の最晩年の録音ですが、実に凄い!! ロマンティシズムの捉え方が、明らかにヒロイックなほうへ傾いて現代人が音楽に期待するようなセンチメンタルなところがまったくない!! シューリヒトやバックハウスと共通する”何か”があります。復刻の状態も理想的で値段も安いので薦めます。(僕はHMVVで6000台で買いましたが、TOWERRは4000台で売っています。)
追記 恐ろしく個性的な解釈を一点の疑いもなく弾ききっているので、曲のリファレンスに持つにはまったく不向きです。
>ムラビンスキーのドキュメンタリー
一緒に出るというリハーサル集にも期待しています。
以前、類似の企画があったときはVHSだったので買い控えましたが、
今回はDVDなので是非買いです。
>シューリヒトのドキュメンタリ
とても見たいです。多分夢にも見るでしょう。
でも、市販される事はないでしょうね…
何か運動でも起こそうかなあ。
>フルトベングラー事件というドラマ
「Taking Sides」という題で舞台化されたのが始まりだったと思います。
日本でもやっていたので新宿の紀伊国屋の小劇場に見に行った憶えがあります。
映画化されたののサントラ盤がグラモフォンから出ていましたし、
フルトヴェングラー協会でもDVD化を模索しているようです。
皆様、こんばんは。
今夜は、ずいぶんご盛況ですね(^o^)。
ムラヴィンスキーですかぁ。
私は、高校生頃にチャイコフスキーの「悲愴」を聴いて、お終いでした。録音のせいなんですが、安っぽく聞こえてしまって、、。
皆さんのお話を聴くと、随分良さそうですね。ここらで一度聴き直してみます。
そうそう、VIRTUOSOから出たブラームスのピアノ協奏曲が届きましたので、さっそく以前出たMUSICA CLASSICA盤と聴き比べてみました。その結果、、
全く同じでした(笑)。予想通りですが。
デュプレは、シューリヒトとの共演ではないので、まだ聴いていません(笑)。
信一さん
おひさしぶりです。ご病気は全快しましたか?
>実はシューリヒトと女性の間には…。
誠に興味はありますが、、(笑)。
>シューリヒトのドキュメンタリで夫人が車の中に荷物を持ち込むところがありますよね。
>あれって、シューリヒトの撮影ですね。
>待っている間に8ミリを持ち出して夫人の後姿を撮るなんて、
>なんてお茶目な老人だろう!!
そうですね。
奥さまとラブラブだったのでしょう。
ドイツのサイトを回っていたら、フルトベングラー事件というドラマが発売されていました。彼の非ナチ化裁判を巡ってアメリカの少佐が証拠調べをするという筋らしいのですが、なるほどいいところに目をつけてドラマ化したなと感心しました。
音楽家それも演奏家を主人公にする映画はなかなか難しいと思うのですが、戦争に翻弄される”浮世離れした音楽家”の人生は作りようによっては感動的なドラマになると思うのです。
そこでスピルバーグに”シントラーのリスト”の姉妹編として”大地の歌”を映画化してもらうというのはどうでしょうか?
最初の場面はメンゲルベルクの別荘、突然見知らぬ男から電話があり、演奏会をキャンセルするようメンゲルベルクは脅迫を受ける。躊躇した後に彼は演奏会はキャンセル。指揮はドイツ人のシューリヒトに依頼される。そして演奏会は始まりあの”ハプニング”。実はシューリヒトと女性の間には…。
映画がヒットしてシューリヒトがもっと有名になったら、フランス国立放送やNDR、ORFの音源も正規ルートを通じてすばらしい音質でSDRのように発売されるんですがねー。
ヘンスラーの発売するペースが遅いのでそんな空想をしてしまいました。
なべさん、kuroさん
情報ありがとうございます。
どうやら、買う価値ありそうですね。
ところで、今度DVDでムラビンスキーのドキュメンタリーと演奏が出るようです。ドキュメンタリーのほうは、ドイツで放送されたときに録画し、十数年来折に触れ見返してきたものですが、大変な見ものです。
冒頭教会での彼の葬式から始まり、練習風景、録音チェックの様子と見所が矢継ぎ早に現れるのですが、そこで見られる彼の”恐ろしさ”!! 周囲と完全に孤立して、なお存在の意味を放っているその姿は彼の音楽そのものです。
ところで、シューリヒトの日常の姿は、断片的なエピソードから想像すると、ユーモアと皮肉に富み、能弁で人懐っこい人柄だったように見受けられます。指揮台で”変容”する”普通の老人”に驚嘆する言葉が何人かのエピソードにあります。シューリヒトは音楽に接する時(夫人は仕事中は決して近寄ることができなかったといっていました。)と普段の態度を分けて”人生”していた人だと思います。
ムラビンスキーの演奏には、シューリヒトと共通項(特に”センチメンタリズム”に対する厳しい態度)があり、個人的にはシューリヒト同様好きなのですが、シューリヒトのように聴くたびに”新しさ”を見出すようなことはありません。もしかしたら、”人生”の違いかもしれませんね。
修理人さんへ
シューリヒトのドキュメンタリで夫人が車の中に荷物を持ち込むところがありますよね。あれって、シューリヒトの撮影ですね。待っている間に8ミリを持ち出して夫人の後姿を撮るなんて、なんてお茶目な老人だろう!!
私も聞いたので感想を書かせて頂きます。
どの演奏も以前のCDと比べると音の明晰さがかなり増している様に思いました。
ロシアンディスクから出ていたCDは言うまでもなく、
それ以外から出ていたものに関してもかなり顕著な違いがある様に感じられました。
個人的には最も録音が新しいはずのチャイコフスキーがこれまで満足できない
音質だったのが、かなり年代相応に改善されていたのが嬉しかったです。
信一様。
ブルックナーは残念ながらモノラルです。他の曲についても、ほとんどがモノラル(チャイコのフランチェスカ・ダ・リミニはステレオ)のようです。ただ、これまで私が聴いてきた輸入盤(やはりメロディアが主となりますが)よりも音は良くなっているように思います。これを書くにあたって改めて聴き直してみましたが、全体的にモヤモヤ感が少なからず解消されているかと思われます。もっとも、原盤自体が録音状態のあまり良くないものなのでしょうから、完全な音の復活とまではとても言えませんが。なお、ハイドンの「V字」やグラズノフの交響曲もなかなか聴きやすく音が改善されているように思いました。なにより音がこちらへ一歩近づいた感じがします。ただモーツアルトの序曲に関しては、それほどには感じませんでしたが。こんなところで参考になりますでしょうか。
KUROさん
こんにちは、
>見事に音が蘇っているのです。
そうですか、ハイドンの88がフィルアップされているので聞きたいなと思っていたのですが、ブルックナーは輸入盤で出たときに買って持っているので、迷っていたのですが、それなら買う価値があるようですね。
輸入盤ロシアンディスクで出たときは、AMラジオ並みのモノラル音でしたが、今度はステレオですか?できれば、ほかの曲の録音状態も教えていただけるとありがたいのですが。…
ムラヴィンスキーのブルックナー。 投稿者:KURO 投稿日: 5月17日(土)17時33分12秒
最近、グレート・コンダクターズのシリーズ第3弾が発売となりました。ルドルフ・ケンペやジョージ・セルなど、名指揮者たちの極め付けの演奏が上手くピックアップされていて、初めてその指揮者と接するのにも最適なCDとなっています。(シューリヒトのCDは既出ですが、とても内容が良いので他の方にも薦めているぐらいです)その中で、今回とても嬉しい驚きだったのがムラヴィンスキーでした。もともと日本での人気は高い指揮者なのですが、個人的には今ひとつピンとこないという感じでした。というのも購入したCDがどれも(日本におけるライヴ録音は別として)録音状態がひどいものだったのです。ところがこのシリーズにおけるCDでは見事に音が蘇っているのです。本当にビックリしました。そのクリアになった録音による演奏を耳にして、初めてムラヴィンスキーの指揮の凄さに触れたような気がしています。
実は、話そうか話すまいか思案していたところだったのですが、すでにこのサイトで3月にコンタクトをとられた方が居るのですが未だに何の連絡もないとの事でした。それで、私も今回申し込みをしたかったのですが見合わせておりました。この種のものはある程度リスクも負わねばならないのかもしれませんね。要は根気強く相手の出方を待つということになるのでしょうか?とにかく、早く手に入るとよいですね。
こんばんは。
このCD-Rの件ですが、私も何名かの方からの依頼分を含め5月頭に発注し到着待ちの段階です。
(ご依頼された方々へ: ご連絡が遅くなり申し訳ありません。確かに発注させて頂いております)
このレーベルですが、以前この掲示板にも書きましたが同じサーバー上のCDショップと同系列で、
そちらにメールを送ったところすぐに返事も頂けました。
また、こちらからホームページの記載ではっきりしなかった4枚以上の分の送料を問い合わせたところ、
すぐにホームページの記述の書き換えも行ってくれました。
(http://www.classicalmusiccd.com/classicalconducting/order.html)
レーベル面の処理は、ホームページ上でもThe CD-R itself is not annotatedと
若干注意書きがありましたので、他のオンラインショップに比べればそれほど悪質ではないとは思います。
ホームページでは、30日は待ってほしいとありましたので、私も気長に待とうと思います。
ケロヤンです。ここでも話題になっていたDisco Archiviaのことですが、
「クラシックの雑談」というホームページで購入された感想がでています。
私もオーダーしてあるのですが、この調子だとちょっと不安になってきました。
CDは送ってくれるようですが、かなりアバウトな感じです。
http://homepage1.nifty.com/classicalcd/etcetera/etcetera.htm
でも、こうした盤は致し方ないですよね。
もうしばらく楽しみにまってみます。
最近、快進撃を続けている?VIRTUOSOレーベル。今回も私自身にとっては初体験のライヴばかりでしたので喜び勇んで入手しました。まず、バックハウス/シューリヒトのコンビによるブラームス・P協奏曲ですが(他の盤は聴いたことがないので比較はできないのですが)まずまずの音質ではと思います。特にピアノの音色がよく響いています。(シューリヒトとのコンビではウィーン・フィルとの録音もあるようですね。私はまだ未聴ですが)本当にモノラルなのが残念です。デュプレの方は、お世辞にも良い音質とは言えませんでした。(1973年録音でなぜこんなに劣悪な音なのか不思議ですが)しかし、その演奏自体は素晴らしいものだと思います。エルガーのチェロ協は彼女のためにあるのだと言っても過言ではないのでは。
一方、もう一枚のセル指揮によるマーラー。こちらは以前SONYのスタジオ録音盤を入手しておりましたので較べることができました。やはり、マーラーの曲を聴くならライブが適しているように感じました。生々しさがよく出ているし、何といってもこちらにグーッとくる迫力が違います。セルのお好きな方には断然お薦めです。
KURO様へ。小生の手元にあるのは、「1944.10.17 ウィーンpo」と「1949.3.14 ベルリンpo」盤。1953~1954年の最晩年。特にウィーンpoとの演奏の清澄な美。それに気が付いてから、熱心に収集した時期があります。こんどの録音は、存在さえ知りませんでした。フルトヴェングラーは、1954年11月30日に帰天。わずか7ヵ月前。聴きたくなりました。ううむ。小遣いが足りない。CD貧乏になっています。しかし、酒よりも音楽の方がおいしいですね。
mare様へ。私もクリップスのモーツァルト/レクイエムには感動しました。同曲におけるウィーン・フィルの演奏としてもトップクラスのものではと思っています。
楽古堂様へ。若輩者が「望み得る最良の・・・」などといっぱしの事を言って恥ずかしい限りです。(冷や汗ものです!)私が今まで聴いてきたフルトヴェングラーのCDの中ではぐらいに思っていただければ結構です。そこで、お尋ねの録音年月日ですがブックレットによれば「1954年
4月10日ウィーン、ムジークフェライン」となっています。ちなみに音源は「ロットヴァイスロット・アーカイヴ、ウィーン・フィル・アーカイヴ」だそうです。
パウク様へ。60年前のドイツのフルレンジを使用中とは!シューリヒト存命中の、ドイツのオーディオの音。羨ましい限り。パロットは、小生もちょっときついです。マイスタジンガーは、楽しみに探させてもらいます。
KURO様へ。ANDANTEのフルトヴェングラー指揮のブルックナー交響曲第8番の録音年月日を、教えて頂けませんでしょうか?「望み得る最良の音質」に興味があります。
URANIAの新シリーズ「RESTORED MASTERWORKS」からRM 11.905としてブラームスの交響曲第2番(北ドイツ放送SO、1953年1月8日)が出るそうです。カップリングはR・シュトラウスの家庭交響曲(ミラノスカラ座、1941年11月)。同月の10日にはシュツットガルトでの演奏があったらしいので、少々日にちが迫りすぎている感もありますが、クレジットが確かならば新出録音という事になります。
こんにちは。
タワーレコードにVIRTUOSOの新盤が出ていました。
せっかちな私はタイトルを見て、
「なに?シューリヒトが、デュプレとエルガーのチェロ協奏曲を!?」
と、うっかり期待してしまいましたが(^_^;、シューリヒトはバックハウスとのブラームスP協2番だけなんですね。以前、MUSICA CLASSICAで出ていた録音です。http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfLayoutA.jsp?DISP_NO=002102000000
RE:ウィーン・フィルのブルックナー 投稿者:mare 投稿日: 5月 9日(金)00時51分05秒
こんばんは。
andanteのシリーズは確かに食指をそそられるものが多いですね。ブックレットもしっかりしていますし。
クリップスのモーツァルトのレクィエムなども素晴らしい演奏でした。
以前 andante ができたころ無料で real audio で音源を公開していたことがありましたが、そのときシューリヒト&VPOのブルックナー5番も聞くことができました。
DGが出したものと同じですはありますが、これもブルックナー集に含まれるのではと思っていたのですがはずされてしまいました...(ハフナーも公開されていました)
今後発売されるのでしょうか?