評判だけ聞いていて実際に聴けない演奏というのは、「どんな演奏なんだろう」と期待が大きくなる。シャンゼリゼ劇場でフランス国立管弦楽団を指揮した「エロイカ」がまさにそれだった。
この演奏を知ったきっかけは、ネットサーフィンをしていた時だ。ある人が、「エロイカが好きでいろいろな演奏を集めていた。ある時、そういった演奏を処分してしまったが、どうしても捨てられずに手元に残したのがシューリヒトがフランス国立管弦楽団を指揮したステレオ盤だ」という記述があった。このページが今あるかどうかは定かではないが、シューリヒトにエロイカのステレオ盤があることを初めて知ったので、印象に残っている。
そこで調べてみたのだが、その当時、この演奏は入手ができなかった。ところが不思議なもので、これ以後この演奏について書いたものをよく見るようになった。そうなると、ますます聞きたくなるものだ。
そして、この演奏がついに発売されたので、早速購入した。やっと「念願が叶った」わけなので、このときは聞く前から嬉しくなってしまった。
シューリヒトという人は、あまり録音が多くない。年代を考えれば、やむを得ないところだ。それでもライブ録音は数が多いのだが、残念なことにこういう録音はモノラルが多い。その点、シャンゼリゼ劇場でのライブはステレオ録音なので、それだけでも貴重だ。シューリヒトはエロイカを得意としていたようで、何種類かの録音がある。フランスのオーケストラというので、ベートーヴェンとは相性がどうか、とも思われるのだが、それは心配いらない。シューリヒトのベートーヴェン全集はパリ音楽院管弦楽団と録音したものなのだから、むしろフランスのオーケストラとシューリヒトは相性がいい、とすら言えるかもしれない。
そんなこんなで、わくわくして聞き始めたこの演奏。実にびっくりしたのだ。絶好調のシューリヒトが、ぐいぐいとオーケストラを引っ張っていく。その迫力は、いつも聞き慣れたシューリヒトとはまったく違っていた。スタジオ録音のシューリヒトは、味わいにあふれた演奏なのだが、このライブでは一変する。この年代の指揮者によく言われることだが、スタジオとライブでは別人のように違って聞こえる。その迫力にまず圧倒されたわけだ。だからといって、力みかえった演奏ではない。そこはシューリヒトである。細部の味わいは何とも言いようがない。
シューリヒトは、曲にいろいろなアイデアを持っていて、それを実際にやってみることが多かったそうだが、この演奏でもそれがある。エロイカは長大な曲なのだが、前半の2楽章に比べて、後半の2楽章はやや短くなっている。欠点と言うほどのものではないのだが、演奏する方としては気になることもあるようだ。そこで、シューリヒトは後半の楽章を繋げて演奏する、という方法をとっている。このやり方は、この録音でだけ聞かれるので、いつもそうやっていたわけではないと思う。しかし、最後まで一気に終わってしまうことで、ちょっと寸詰まりに思えたこの曲の印象ががらっと変わってしまい、かえって全曲に一体感が出たように思う。
大げさに言えば、演奏習慣を破っているわけだが、まぁ、そんなこともこの素晴らしい演奏を聴いていると、吹っ飛んでしまう。迫力があって、しかも味わい深いものになっているこの演奏は、なるほど評判が高いだけのことはある、と思う。
最初はびっくりしたこの演奏、聞き返すたびに新しい発見があったりして、そこはいつものシューリヒトの演奏と変わりがない。実は他の指揮者のCDと抱き合わせであったので、最初は入手を渋ったのだが、今では思い切って購入してよかったと思っている。ライブのシューリヒトのすばらしさを堪能できたこの演奏は、本当に素晴らしいと思う。
2004.04.06